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家康から「もっとも愛されなかった息子」は誰か? 現代なら“毒親”レベルの塩対応とは

炎上とスキャンダルの歴史

 

■松平忠吉よりも井伊直政を気づかう

 

 家康の忠吉への冷淡さについては、関ヶ原の戦いで、忠吉の後見人として彼と共に戦った井伊直政が、このときの戦で受けた鉄砲傷がもとで亡くなっていることが関係しているようにも個人的には思われてなりません。

 

『東照宮御実記』(附録巻十)によると、家康は「関ヶ原の戦い」の夜、息子の忠吉と直政が同様に鉄砲で怪我をしたことに気づきながらも、「忠吉が成果を出せたのは支えてくれた者のおかげ」などと言って、「功労者」直政の傷にだけ自らの手で薬を塗りつけました。

 

 また、江戸時代に成立した逸話集『永内記』では、「薩摩守(=忠吉)御手()(おわ)れ候には、御頓著なく」……松平忠吉も直政と同じように鉄砲傷を受けていたにもかかわらず、家康は無反応で、直政のことを気遣ったそうです。

 

 これらはわが子より臣下を気遣う家康の徳の高さを物語るエピソードとして逸話集の類では解釈されているようですが、やはり、家康は忠吉より直政のほうが大事で、直政が死んだ時も、忠吉が死ぬほうがよかった……などと本気で考えていたのではないでしょうか。

 

 戦国の世は、高貴な身分の者ほどわが子との距離が遠く、愛情表現も現代のように活発ではない時代です。しかし、それにしても家康の感情のメカニズムには謎が多すぎるような気がします。

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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